第34回「パン屋」と「和菓子屋」と宗教──内田樹の凱風時事問答舘

「天下無敵」をめざす合気道7段の武道家にして、フランス現代思想を専門とする思想家、そして相談回答の達人、ウチダ先生が今月も街場のよろず問題を快刀乱麻!
文部科学省前局長の早稲田大学への再就職について、文科省が組織的に「天下り」をあっせんしていたことが問題になりました。森友学園問題は小学校の設立をめぐっての国有地不正取引事件ですけど、最近、教育機関を舞台にした不祥事が目立つのはどうしてなのでしょうか。
あらゆる制度が経年劣化を起こしています。 モンクレール Wikipedia学校だけがとくに不祥事が多いとは思いません。でも、学校とか医療機関とか警察とかは不祥事が目立つんです。目立つように制度ができている。だって、「子どもを成長させる」「病人や怪我人を癒す」「正義を実行する」というのは人間社会の基盤中の基盤じゃないですか。こういう「それなしでは人間社会が立ち行かない制度」のことを「社会的共通資本」と呼びます。これが崩れたら「後がない」。だから、それだけ厳しく、専門的に管理運営されなければいけない。政治とかビジネスとかメディアとかとは違うんです。政治やマーケットでは、多少の不祥事があっても、それでいきなり人間社会の根幹が崩れるということはありません。でも、学校や医療や司法が崩れて、制度が信じられないということになると、人間は不安で1日も生きてゆけない。
学園ドラマ、病院ドラマ、刑事ドラマが多いのは、いずれも身近で、日常的に接する職場でありながら、「一度社会的信用を失ったら、おしまい」という緊張感に貫かれた場だからです。腐敗した政党とかブラック企業の内幕とかはさっぱりドラマにならないでしょう。そんなところで誰がどんなミスを犯しても、悪事をなしても、それでいきなり社会の根幹が崩れるということはない。だから、劇的な緊張感が起こらない。
そう考えれば、森友学園問題で国民がナーバスになったのは当然だと思います。学校教育に巨額の金が絡んだり、特定の政治イデオロギーが絡んだり、権力者におもねる官僚の出世欲が絡んだり、ということに人々が強い違和感を覚えたからです。モンクレール スーパーコピー学校は「そういうこと」にかかわってはいけないという常識が働いた。民間企業が粉飾決算をしたり、政治家や官僚にわいろを送ったりということにはそれほど動じない人たちも、学校や病院や警察が「そういうこと」をすると強い不安を感じる。その差は、不祥事を起こした組織が、「人間が集団的に生きてゆく上で安定的に管理されていることが絶対に必要なもの」であるかどうか、その必要度の違いを映し出しているんです。

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